
お金というのは、それをどこに置いておくことにするか、ちょっとした手続きや操作をするだけで、増えたり減ったりする。人々は、株や債券を「信じ」てそれに一喜一憂したりする。
だが、そもそも貨幣には実体がなく、それは伝統的な宗教的概念のようでさえある。経済は人為的な活動だけれども、その全体的な予測困難さにおいては、実質的に自然現象や超常現象のようでもある。株価などをめぐる言説は、どこかしら神学にも似ていて、経済アナリストは牧師のようでもある。
「お金」に関する現象や主張は、実は宗教学の研究対象なのではないかと思う。イエスも福音書のなかで、何度かお金に言及している。
ところで昨日、エレベータの前で、知らない学生から唐突に名前を尋ねられた。